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【ディオバン裁判】判決が意味するものとは~ジャーナリスト・村上和巳の傍聴レポート(後編)

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2017年04月28日 PM04:00

KHSのデータ管理「被告の供述は全く信用できない」、41件を「水増し」と認定

⇒前編【ディオバン裁判】判決が意味するものとは~ジャーナリスト・村上和巳の傍聴レポート

辻川裁判長は被告の2人に判決を言い渡した。

「それでは被告人・ノバルティスファーマ株式会社及び被告人・白橋伸雄に対する薬事法違反に関して判決を言い渡します。まず、主文は次の通りです。被告人・ノバルティスファーマ株式会社及び被告人・白橋伸雄はいずれも無罪」


撮影:

2人が被告席に戻り着席後、辻川裁判長による判決理由の説明が始まった。まず、被告、検察とも争うことのない、証拠から認定できる事実関係の説明が行われた。その後、開廷から約45分を過ぎ、ようやく争点に対する判断が朗読され始めた。

まず、争点はKHSのデータ管理者は誰かだ。KHSでは参加医師が症例の登録やイベント報告を専用Webで入力。このWeb入力データを基に脳心血管イベントを判定するエンドポイント委員会の資料が作成され、委員会での判定結果を集積して解析する経過をたどった。この過程で白橋被告はエンドポイント委員会の判定結果のみはKHS事務局担当の沢田尚久・元京都府立医科大学循環器内科講師(現・京都第一赤十字病院循環器内科部長)らが管理し、自身はイベントと判定されたデータのみを沢田元講師から受け取って解析していたと主張。これに対して沢田元講師は白橋被告が研究の全過程でデータを一貫して管理していた、とし両者の供述は食い違っていた。

辻川裁判長は、白橋被告が
(1)上司に対しては自分が判定結果を管理している旨のメールを送信していた
(2)試験途中から事務局はKHS参加患者の個人情報の一部が暗号化されたWeb入力データしか受け取っておらず、被告のみが暗号化されていない全データを保有し判定会資料を作成していた
(3)被告が解析に使っていたデータファイルには判定、保留、却下などのイベント判定の詳細を記した結果が残っていた
などの事実関係から、判定結果のみを白橋被告が管理していなかったという供述は不自然で、「全く信用できない」と一蹴。開廷から59分超、辻川裁判長は初めて白橋被告の供述の信用性を否定した。この瞬間、白橋被告は対面する検察席の斜め上方向を凝視したまま特に表情を変えることはなかった。

検察はKHSで45件の脳心血管イベントの水増しがあったと主張していた。辻川裁判長はこのうちディオバン投与群でのイベント2件、解析用データで報告されていたイベントと別の種類のイベントがイベント報告票の特記事項に記載されていた2件を除く、41件を水増しと認定。水増しが行われたのはイベントを判定するエンドポイント委員会の判定資料提出時か、解析時のいずれかと考えられるとしたが、うち26例は両時点のいずれか、残る15例はデータ解析時に水増しされたとの判断を示した。

10回におよぶエンドポイント委員会、そこで再調査となり後日郵送で委員が判定することになった際の郵送判定資料はともに白橋被告による作成だ。ただ、沢田元講師は郵送判定資料で検察が水増しを指摘した以外の症例データに加筆を加えている。沢田元講師は、あくまで学会発表の期日に間に合わせる目的だったとし、「画像検査の結果等を加筆したものであり、登録医師からの報告の内容を見てイベントと判定されるであろうものとして報告されたものについては判定されるように、そうでないものは判定されないように加筆をした」と供述している。

辻川裁判長はこの加筆を「元の記載内容ではイベントとして採択される可能性が乏しかったものが加筆によって採択されたと考えられるものが多い上、元の記載内容から通常想定される検査結果等の範囲にとどまらない内容の加筆も複数認められる」と述べ、「イベント判定に影響を与えたものであり、不正な行為」と断じた。ただ、あくまで学会発表に間に合わせるためだったこと、また郵送判定資料では群分けが暗号化されていたため、ディオバン群に有利になるように加筆した理由は見当たらないとした。

一方、エンドポイント委員会の判定資料作成時にもKHS参加医師によるWeb入力データのイベント報告票から一部にイベント水増しを疑われる加筆があり、この点について白橋被告は沢田元講師と相談の上加筆したと供述し、沢田元講師はこれを否定していた。しかし、Web入力データと現存する判定会資料との間に齟齬がある点に関して、辻川裁判長は「医学的な専門知識を有する者が関与した上でされた記載とは考え難い加筆もみられる」として、「被告人の供述は信用できず、これを否定する沢田の供述が信用できる」と述べ、再び白橋被告の供述を否定した。

その後も、検察が主張したサブ解析での群分けの恣意性、統計学的有意差を示すp値やカプランマイヤー曲線の改ざんについても、白橋被告の供述の信用性を次々に否定した。つまり検察が主張したデータ改ざんに関しては全て白橋被告が製品の販促目的で意図的に行ったと認定したのだ。事実認定上は被告側の完全敗北と言えた。

この間、法人を代表して被告席にいる女性執行役員は俯いたり、顔をやや上げたりとやや変化はあるものの、白橋被告はほとんど動くことはなかった。

裁判長の口から突如出てきた、大正3年制定「売薬法」

開廷から1時間43分が経過してようやく薬事法違反に関する法的解釈の説明に入った。しかし、既に無罪という結論そのものが分かっている状態の中でこれだけ長い時間が経過していることもあってか、廷内はやや「厭戦気分」的な空気がただよっていた。

そのようななかで薬事法立法過程の説明で突如飛び出してきたのが、「売薬法」という言葉だった。大正3年制定の法律が突如亡霊のごとく登場したことに、傍聴席の記者も戸惑いを隠せない。現在の薬事法をさかのぼると、大正3年制定の売薬法につながる。それを受けて昭和18年制定薬事法(S18)、昭和23年制定薬事法(S23)を経て、今回の裁判で違反かどうかが問われている昭和35年制定薬事法(S35)に至っている。

まず、説明されたのはS35薬事法66条1項の「記事を広告し、記述し、又は流布してはならない」の「記事を広告」することと、「記事を記述し、又は流布」が別行為なのかどうかだった。辻川裁判長は売薬法の第8条~第9条を基に、S35薬事法で示されている「記事を広告」とは社会通念上の広告、「記事を記述し、又は流布」は容器・被包への記述と添付文書、非添付文書が該当するとの判断を示した。売薬法を受けて制定されたS18薬事法では第28条1~2項と施行規則102条に誇大広告規制があり、S35薬事法でいう「記事を広告」と「記事を記述し、又は流布」もそれぞれ成立過程から、売薬法と同じ分け方をした。

これら戦前の法律の話も含めた、薬事法の成立過程と解釈を、辻川裁判長はわずか7分という短い時間で話した。そして裁判長の説明は戦後制定されたS23薬事法の話に。当時の国会審議での答弁、S23薬事法の基礎になったGHQの草案や覚書、解説した法律専門書、果ては国語辞書である広辞苑、大辞林の「広告」の意味に関する記載内容まで総動員した説明となった。

同法での誇大広告規制は第34条1~3項である。ここで辻川裁判長は同法2条に容器・被包、添付文書に関する規制があること、また法案の解釈を説明した文書などから、この2つ以外が第34条1~3項の広告に該当すると述べた。同時に本来この第34条は社会通念上の広告を規制することが主目的で、「記述」、「流布」は広告することの一形態にすぎなかったとの判断を示した。つまり売薬法からS18薬事法までで言及された非添付文書については、S23薬事法では第34条1項でいう「広告」の分類に組み込まれ、辻川裁判長はこれを「広義の広告」と規定し、S23薬事法ではこうした広義の広告で虚偽誇大な内容を広めること、記述すること、流布することを規制するという意味である。この非添付文書の扱いが重要なのは、まさに今回争われたディオバンの論文が非添付文書に分類されるからである。

データ不正、特定性、公知性「認定」も、顧客誘引性「認定せず」

開廷から2時間5分。辻川裁判長はようやく、昭和35年薬事法に関する説明を切り出した。

辻川裁判長はS35薬事法での第66条1項について、制定時の国会での答弁を基にS23年薬事法の第34条から変更点はないとした。そのうえで平成10年に旧厚生省医薬安全局監視指導課長が都道府県衛生主管部(局)長宛に発出した「薬事法における医薬品等の広告の該当性について」と題する通知で、
(1)顧客を誘引する(顧客の購入意欲を昂進させる)意図が明確であること
(2)特定医薬品等の商品名が明らかにされていること
(3)一般人が認知できる状態であること
の全要件を満たす場合に薬事法での医薬品等の広告に該当すると記載されていることを説明した。

今回の論文が(2)、(3)を満たしていることは明らかで、辻川裁判長も同様の判断を示した。しかし、(1)に関しては、添付文書などの厳格な規制がある以上、意図の明確性に関わらず顧客誘引性が認められることが絶対的に必要な要件と述べた。

そのうえで今回の論文に関しては「臨床試験の被験薬とされた医薬品を販売する被告会社の従業員である被告人がデータの解析や提供等に大きな関与をしていたという間題があるにせよ、その著者である沢田らや白石(起訴内容にあるデータ改ざんがあったとされるサブ解析論文の1つの著者である白石淳・京都第一赤十字病院循環器内科医師、現同科副部長)らが医薬品に係る臨床試験の結果をまとめた学術論文」であり、「研究成果の発表行為として理解されている」と述べた。さらに「学術論文の学術雑誌への掲載は、投稿者から掲載料を徴収する雑誌も多いようではあるが、少なくとも査読を必要とする学術雑誌においては、当該学問領域の専門家による論文の評価を経て、掲載に値すると判断されて初めて掲載されるのであって、金銭的な費用を負担することによって情報提供の具体的内容を決め得るという関係にあるものではない。このような学術論文を作成して学術雑誌に投稿し、掲載してもらうという行為は、それ自体が需用者の購入意欲ないし処方意欲を喚起・昂進させる手段としての性質を有するとはいい難いものである」と断じた。

白橋被告は不正をした、そして薬事法に定める広告要件である、特定性、公知性は認めるが、顧客誘引性は認められないので無罪ということである。野球の試合でいう9回裏、2アウトからの逆転劇のようなものだ。

検察は判決不服で控訴 第2ラウンドが始まる


撮影:村上和巳

一通り判決理由の説明を終えたのが開廷から2時間25分。辻川裁判長は次のように締めくくった。

「判決としては以上ですが、白橋さん、およびノバルティス社の関係者の皆さんは、白橋さんによるKHSへの不正な関与が原因となっているとはいえ、長い間拘留され、被告人席に座ること強いられたこと、大変お疲れ様でした」

閉廷まで白橋氏の表情はほとんど変わらなかった。

辻川裁判長による閉廷宣言直後、席から立ち上がった傍聴者の一部から「これ控訴されたら分かんないよ…」とのつぶやきが漏れる。確かに微妙かつすっきりしない判決である。

白橋氏の逮捕から2年3か月強。釈然としない幕引きで事件は終わりかと思われたが、東京地検は3月29日、地裁判決を不服として控訴した。その意味でこれからが第2ラウンドとなる。

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