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その自立は、誰の自立なのか?

2017年9月14日

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高齢者の「自立」を評価し「要介護度の改善にインセンティブ」というニュース。あまり話題になっていないのが気になりつつ。

[参考:外部リンク]介護度改善で報酬上げへ 利用者の自立評価

介護保険法の基本コンセプトは自立支援。
この提案は、妥当であるようにも思えるが、次のような前提に基づいている。
果たしてこれは正しいのだろうか?

 

●前提1:自立とは要介護度の改善である。
「自立」という言葉にはさまざまな意味がある。
「他のものの助けなしに自分の足で立つこと」という定義もあるが、福祉領域においては「その人の意思(自己決定)が尊重され、残存機能を活用しながら、その人の生活(人生)を継続していくこと」というのが国際的な共通認識だと思う。介護保険法における「自立」の精神もおそらく後者、多くの専門職も後者の意味で「自立」を捉えているのではないだろうか。

自立支援において、残存機能の強化・回復は重要なアプローチの1つであるということに異論はない。
しかし、要介護度はその人の残存機能を評価するに過ぎない。そして要介護度とその人の「自立」度は必ずしも比例しない。
高齢者・障害者ケアにおける本来のミッションは、その人の望む生活を実現するために環境因子として残存機能を補完していくこと、そして本人と対話を重ねながら、徐々に低下していく残存機能に応じて支援を調整していくこと。
個人的には、介護のキーコンセプトというべき「自立」を、ADLの改善というだけで軽々しく扱うべきではないと思う。

●前提2:軽度要介護者(記事中では要介護3以下)は要介護度の改善が可能である。
科学的アプローチにより、要介護度が改善できる人たちは存在する。しかし、同様に改善できない人たちもいる。高齢者・障害者の残存機能やその可塑性は極めて個別性が高い。「軽度なら改善する」という単純なものではない。
仮に、改善の可能性があるとしても、そのための機能回復訓練をその人に安全に実施できるかどうかは別の問題である。心不全の高齢者に大量の飲水や歩行訓練を強要するのは、自立支援ではなく殺人未遂である。一部の「自立支援介護」を標榜している施設においては、かなり危ういケースが散見される。
要介護度の改善の可能性については、その人の機能回復の可能性と機能回復訓練への忍容性の両面から、個別にアセスメントすべきであり、「要介護3以下だから」とひとくくりにすべきではない。

●前提3:要介護度が軽くなると、介護事業者の介護報酬が減る。
確かに、包括報酬など、一部の報酬体系では一時的にそういうことは起こりうる。
しかし一般には、利用者の要介護度が改善した場合、それを報酬減ではなく、本人・家族を含むチームによる支援の成果、そして職員の業務負担の軽減と捉える事業者が多いのではないだろうか。業務環境の改善は、利用者満足度の向上、職員の離職率の低下など安定運営への好循環につながる。
要介護度の改善は、総合的に考えれば介護事業者にとって必ずしも不利益ばかりではない。
また、介護報酬は基本的には業務単位の出来高である。高い要介護認定が出ているからといって、時間あたりで高い報酬がもらえるわけではない。一人の利用者のサービス利用量が減った分は、新規の利用者を受け入れればよい。地域から必要とされている事業者ならば、稼働率が低下したまま、ということは起こらないと
思うのだが、このあたりは介護事業者の方々のご意見もぜひ頂戴したい。

●前提4:介護事業者は、インセンティブがなければ、要介護度の改善に取り組まない。
これはあり得ないと思う。
自分の担当する利用者がよりよい状態になることを望まない専門職がいるだろうか。

もし介護にインセンティブが必要だというなら、ぜひ医療にも導入してみたらいい。医療費を削減できるかもしれない。

・高血圧や糖尿病の患者に、降圧薬や経口血糖降下剤を卒業できたらインセンティブを与える。
・入院した高齢者が、退院時に要介護度が改善していたらインセンティブを与える。
・認知症治療により認知症が改善すればインセンティブを与える・・・

きっと医師たちは反対する。
できるなら言われなくてもやっているし、やろうとおもっても専門職の努力だけで達成できるものではないからだ。
医療も介護も、そのプロセス・成果ともに、本人・家族・環境・・・さまざまな要因の影響を受けるのだ。そのすべての責任を専門職に負わせるべきではない。

専門職であるならば、常にベストのケアを提供しようとしている。
それこそがプロフェッショナル・オートノミーであり、もし問題のある事業者がいるならば、業界内の自浄作用により改善または排除されるのが本来のあるべき形だと思う。

●前提5:要介護度が改善すれば、将来的な介護給付費の抑制につながる。
一部の人たちの要介護度の改善は、一時的な伸びの抑制につながるかもしれない。
しかし、一時的に要介護度が改善した人たちも、死ぬまで元気で生きられるわけではない。いずれ再び要介護度は上がっていく。将来的にみたときに、本当に介護給付費の抑制になるのかどうかは検証が必要ではないだろうか。

 

記事では、要介護度の改善にインセンティブをつけた一部自治体の取り組みの成果についても取り上げている。
埼玉県では、デイサービス利用者の要介護度の改善に対し報奨金をつけたところ、平均12.7%(最大40%)の要介護度の改善率が得られたという。(※改善率は、期間中、要介護度の更新を受けた人のうち、更新前よりも要介護度が改善した人の割合を指す)

詳細なデータが公表されていないのでどう判断していいのかわからないが、この結果は「どのようなケアが提供されたのか」ではなく、「どのような利用者を対象にケアを提供しているか」を見ているに過ぎないかもしれない。だとすれば、インセンティブを導入することで、サービス提供者が、サービス利用者を選択する、という傾向が強まるかもしれない。

そしてこの議論には、当事者が参加していない。
介護サービスを利用している高齢者たちに、そしてその家族にとって本当に必要な支援とは何なのだろうか。
介護の精神は「自立支援」だが、彼らの望む「自立」とは、何なのだろうか。

残存機能の回復は手段であって目的ではない。
そして、適切なケアを中心に環境因子を整えることができれば、人は最期まで自立した生活を送ることができるはずだ。
介護保険制度が目指したはずの介護の社会化は道半ば。介護離職、痛ましい介護をめぐる事件のニュースも珍しくない。

要介護度の改善は重要なこと。
よい介護を提供している事業者が評価されることも必要だろう。
しかし、何をもってよい介護だとするのか、「自立」という言葉が独り歩きすることを強く懸念する。
幸せな超高齢社会を創るために、介護に求められるものは何なのか。
支える側も、支えられる側も、幸せな社会を創るために、まずは目指すべき目標を明確にしたい。

 

佐々木淳
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
プロフィール
筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程卒業。三井記念病院、医療法人社団 哲仁会 井口病院副院長等を経て、24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団 悠翔会を設立。