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賛成でも反対でもいい、考えて欲しい。

2017年8月17日

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「臓器移植」という言葉を聞いて、皆様はどんなイメージを想い浮かべるのでしょうか…?

移植に関するネット上の記事を読むと、コメント欄に必ずと言っていいほど、移植に反対する意見が匿名でたくさん書き込まれています。移植に限ったことではありませんが、何かに反対をする人たちは声高なことが多いです。

私は、臓器移植をしたい意思と同様に、したくないという意思も尊重しなければならないと思っています。人には様々な価値観があるからです。だから、私は例えば10人のうち、声高に反対する人が1〜2人いるとすれば、その意見も尊重したいと思います。

そして、残りの人のうち、移植に賛同している人や、臓器提供の意思表示をしている人も、もしかしたら1〜2人かも知れません。それ以外の多くの人は「移植ってどうなんだろう?」と、よくわからないので判断を迷っている人やどちらでもない人ではないか、と勝手に思っています。

ただ、ネット上の記事のコメント欄を読んでしまったら「ああ、反対している人が多いんだ…」と思ってしまう人がいるかも知れません。匿名で強い言葉で書き込む人や、敢えて言うと、きちんと理解していない無責任なメディアの報道の仕方によって、同調圧力の強い日本では声高な意見に流されてしまい、それによって「臓器提供をしたい」と考える人が少なくなっている可能性があると思います。

移植を待つ患者さんを受け持つ医師として、お子さんのいるお父さんやお母さん、大切に育てられている子供さん、愛する家族が、死に直面している状態から、なんとか移植まで辿りつけるようにしてあげたい、と思っています。

ただ…移植に反対する意見に対して、それを批判することは、私自身は間違っていると感じています。 反対意見が誤解から生まれているものであれば、それは解かなければなりませんが、そもそも、臓器提供が行なわれるかどうかはご自身やご家族の意思によってのみ実現するものです。他の要素によって決められることはあってはなりませんし、その意味で、一般論、議論として賛成、反対の意見交換はあっても、当事者として、臓器提供についての意思を妨げるようなことはあってはなりません。いろんな価値観を認めなければならない、と思います。

先月亡くなられたノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波(りゅう ぎょうは)氏の言葉「私に敵はいない」。 最後まで決して誰も批判しようしなかった劉氏の言葉のとおり、反対意見は「敵」ではありません。健全な議論のために反対意見はとても大事です。

何より、臓器提供や移植について考えることは、人の命について考えるきっかけになると思います。 移植が必要な患者さんは、赤ちゃんからお年寄りの方まで、「なんでこんな病気に…」と思うぐらい少し前まで元気だった人も多くいます。
また脳死状態になってしまう方も「昨日まで何事もなく元気だったのに…」という方がほとんどです。

もし、自分や自分の家族が「移植しか治療法がない」と言われたら?
もし、自分の家族が突然の事故にあって「脳死の状態で救命することは厳しい状態です」と言われたら?

私はそんな話の中で「移植ってどうなんだろう?」というどちらでもない人が、移植について少しでも理解してもらえるようにしたい、と思っています。

立石実
東京女子医科大学 心臓血管外科
プロフィール
熊本大学医学部卒業。同年東京女子医科大学日本心臓血圧研究所心臓血管外科入局。中野佼成病院、聖隷浜松病院、富山県立中央病院、京都府立医科大学に出向。2009年~現職。専門医資格:心臓血管外科専門医、外科専門医、循環器専門医
著書
こどもの心臓病と手術