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誰のための「自立支援」なのか?

2017年2月13日

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「自立支援介護」「治る介護」をめぐる議論。
僕が感じる違和感は主に以下のようなもの。

●わたしたちは例外なく、加齢とともに衰弱し、死亡する。
潜在的な能力を下回っているケースであれば、リハビリによる一時的な機能回復が期待できる。しかしそれは一時的なもので、潜在的な能力を超えることはなく、機能低下はいずれ再開、進行していく。
この一時的な改善を「治る介護」と表現すべきか?

●身体機能の回復に必要なのは、ケアの質よりも本人の素質である。
「治す介護」とは「治る人」に対する栄養ケアと機能回復訓練であり、「治る人」を治すのは医学の仕事である。潜在的な回復余地のない人に「自立支援介護」を実践しても効果はない。
回復できない人の自立を支援することが介護の仕事ではないのか?

●自立とは、病気や障害があっても、自分の人生を自分で選択し、尊厳を持って生きていけること。
そして「自立支援」とは、身体機能の低下という個人因子を、環境因子で補い、その人が望む生活や社会参加を実現するためのもの。
たとえ筋トレで歩けるようになっても、これが、本人にとって生きがいのある生活や人生の充実につながらなければ、自立支援とは言えないのではないか?

●「自立支援介護」は社会保障費の節約にはならない。
禁煙が医療費の抑制にならないように、「自立支援介護」も介護費の抑制にはならない。いずれ誰もが衰弱し、死亡する。そのプロセスでかかるトータルコストはおそらく変わらない。もしインセンティブをつけるのであれば、要介護度の低下に対してではなく、本人のQOLの向上に対してではないのか?

これらの疑問に終止符を打つべく、今日は「自立支援は誰のため?」というシンポジウムに参加し、オピニオンリーダーたちの発言に耳を傾けた。

プレゼンや議論を通じて、佐々木が考えたこと。

◉身体機能の回復可能性があるケースには、本人の要望に応じて積極的な介入を検討すべきと思う。
自立支援介護を実践し、成功しているといわれている事業所でも、要介護度を改善しているケースと、悪化しているケースに分かれている。これらの症例データを集積し、AIで分析し、身体機能の回復可能性を示唆するパラメータを探そう。

◉病気や障害が治せなくても、望む生活や社会参加が実現できる地域・コミュニティをつくろう。
僕らは(突然死でもしない限りは)例外なく老化のプロセスのどこかで障害者となる。
その障害をカバーできるサービスやテクノロジーを開発し、機能の低下がハンデにならない社会、誰かに支えてもらった分、誰かを支えることができる、そんな依存し合える社会を目指そう。

◉そのためには、まず一人ひとりが、自分や家族の一生を、目を背けずに見つめる勇気を持とう。
加齢とともに身体機能が低下し、認知機能が低下し、さまざまな病気とともに死んでいく。身体を鍛える、認知症を予防する、やるべきことをやっても生き物として避けられない宿命があることを前向きに受け入れよう。
異なる視点・異なる言語で議論が噛み合っていない状況は、尊厳死をめぐるそれとよく似ていると思った。
医療も介護も、真のアウトカムは「Happy」ですよね?

それを計測する指標として、最適なのは要介護度なのでしょうか。
何が正しい、ではなく、何のために議論をしているのかをまず再確認することから始めなければならないと感じた。

佐々木淳
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
プロフィール
筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程卒業。三井記念病院、医療法人社団 哲仁会 井口病院副院長等を経て、24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団 悠翔会を設立。