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在宅ホスピスと申請主義

2016年2月8日

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私は在宅ホスピスの看護師として仕事をする前に大学院に行きました。学んだのは経営学です。大学病院を退職し経営学を学びたいと思った理由は2つでした。医療に必要な予算を公的保険以外で探すことはできないか。医療の効率化と患者ケアの個別化を両立できないか。この疑問へのヒントは医療分野ではなく、一般企業の経験に見出せるのではないかと感じていただからです。

2005年当時、私が勤めていた大学病院では医療費削減を念頭に様々なコストが削減されつつありました。一方で患者さん・家族は「もっと先生に話を聞いてほしい」「こういうことって誰に聞けば良いのか」などニーズは増すばかりでした。
経費を削減しつつケアを充実させるという相反する問題を解決するためには、それまでの診療報酬を上げてもらうような方法だけでは間に合わないのではないかと考えていました。そこで在学中はもっぱら「医療のための予算になるもの」を1年かけて物色しました。それが「生命保険」「がん保険」でした。
実は民間の保険は、生命や疾患に関連しているものの、混合診療が認められていない日本の医療機関ではサービスのために利用することはできません。それはそれで重要なことだと思います。ただ患者さんやご家族は、保険金を手に入れたとしても困っていることを解決できないままです。そこで、これらを役立てることはできないか。そう考えていたときに、生命保険のリビングニーズ特約というしくみを初めて知りました。

リビングニーズ特約は『医師から余命6カ月以内であると判断された場合、将来受け取る死亡保険金に代えて所定額の範囲内でリビング・ニーズ特約保険金を受け取れる。』(生命保険文化センターほけんガイドwebより)という特約で、実はとても普及している無料の特約です。きっとこの記事を読まれている方々の生命保険にも付いている(付けることができる)のではないでしょうか。生命保険のセールスマンは、ほとんどの契約でこの無料の特約をつけていると言います。この特約を知った時の私の感想としては、末期がん患者が緩和ケア病棟の個室に入る際の予算にしたり、在宅で十分な医療体制を築く予算にしたりするのに適しているのではないかと感じたのですが、現場で働く医師や看護師には実はほとんど知られていませんでした。
2007年の当時の状況を整理すると、保険業界ではリビングニーズ特約という仕組みはかなり普及していたと考えられます。ところが、病院で働くスタッフも、がん患者さんや家族もリビングニーズ特約を知りませんでした。

そこで翌年、私は勤務する在宅ホスピスのご遺族を対象にアンケート調査を行いました。100名に配布したアンケートは27名のご遺族から返答を得ました。その中でリビングニーズ特約の対象となり得た16件のうち、その特約を「知っていた」ご遺族はわずか3名(実際に利用したのは1名)でした。他に一般の方200名にインターネット調査を行いました。「リビングニーズ特約を利用できる場合、利用しようと思いますか?」の問いに81%の方が「はい」と答えていました。この結果は「利用したいと考える人が多いにも関わらず、利用されていない」と捉えることもできますが、実際は制度を知らなければ、その権利を有していても、利用することができないというのが現状でした。「備えあれば憂いなし」とは、簡単に言えることではないということを実感しました。
保険金を受け取るためには、患者さんや家族が保険の内容を把握し、診断書などの書類を作成し、申請しなくては受け取ることができません。このしくみを申請主義と言います。

この申請主義という制度のしくみは保険会社だけではありません。がん患者さん・家族が利用できそうな制度を調べていくと、年金では障害年金・遺族年金、健康保険では限度額適用認定証、雇用保険では介護休業給付金などはあまり知られていませんでした。そして介護保険ですら書類を提出しないと介護サービスにはたどり着けません。つまり、行政のしくみ、医療・介護のしくみ、そのものが申請主義の上で運営されているというわけです。
これらの制度のしくみを、医療現場からすぐに大きく変えることは不可能です。しかし、医療現場は状況を把握し、申請できるように支援することができます。実際にどんなことができるかは、次回に持ち越したいと思います。

賢見 卓也
看護師
プロフィール
兵庫県立看護大学卒業。日本大学大学院グローバルビジネス研究科卒業。看護師。MBA。 訪問看護パリアン 在宅ホスピス看護師。株式会社トロップス 代表取締役。NPO法人がんと暮らしを考える会 理事長。

医療法人社団パリアン http://www.pallium.co.jp/
株式会社トロップス http://www.troppus.co.jp/
NPO法人がんと暮らしを考える会 http://www.gankura.org/