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禁断の、学会等でのネット生中継を可能にする挑戦!?

2015年12月3日

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日本薬剤師会学術大会について独断と偏見での密着レポート(2)

翌日23日、本大会のメインイベント?分科会12が行われました。

「ICTによる情報の共有と活用」
座長 豊見 敦(広島県薬剤師会)原﨑 大作(鹿児島県薬剤師会)

情報発信とその心構え ―炎上なんか怖くない―
熊谷 信(ららくま薬局)

“薬歴公開”と“ソクラテス”が目指すパースペクティブ
山本 雄一郎(有限会社アップル薬局 アップル調剤薬局 大津店)

薬剤師のための情報リテラシー~ICTを活用した医薬品情報業務と臨床教育への可能性~
青島 周一(医療法人 徳仁会 中野病院 薬局)

まず楽屋でのワンショット。

分科会前に応援団がこっそり出入りしてワイワイやってます。(普通は出入り禁止)

他の分科会では撮影禁止ですが、テーマ上ここだけは「撮影OK」「ツイキャスOK」「FB即アップ可」など、かなり自由な豊見座長のアナウンスでスタートします。

 

トップバッターはブロガーで有名な熊谷信さん。

(参考:外部サイト)薬局のオモテとウラ

「炎上なんて怖くない」という熊谷さんも炎上のご経験が何回もあって、その都度多くの学びがあったと話されています。ここで熊谷さんの伝えたいポイントを8項目まとめると

 

1)  情報発信しても伝わらない理由は2つ 読み手を理解していないことと技術不足

2)  自分の意思が入っていない情報はスルーされる。配慮や遠慮は無用

3)  続けることに価値がある モノの見方が変化していく自分を楽しめ

4)  コメントで心が折れることもある。なるべく朝は読まない(笑)

5)  極論はある特定の人に語りかけること 炎上の極意

6)  タイトルだけで釣られない 行間を読むことは日常の調剤に通じる

7)  火消しするには 情報の放置と希薄化

8)  批判に負けない。自分に負けないことが続けるコツ

 

2番手はソクラテスの山本雄一郎さん。薬歴を公開するブログをしてらっしゃいます。


(参考:外部サイト)薬歴公開 

キーメッセージだけを書き留めてみます。

薬歴公開の動機は、他者の知恵と知識から学びたいから。

正論では人は動かない。医療は愛である。

「薬局にソクラテスが来た」の連載動機、MR主導医療と薬剤師が勉強しないこと

ネット検索では浅い知識しか得られない。

ブログは自分と向き合うためのツール。恥ずかしがらずにやってみよう。

 

最後の演者は青島周一さん。地域医療の観点から情報発信なさっています。

(参考:外部サイト)地域医療の見え方

こちらもキーメッセージを。

何をどう学ぶ?大事なのは現象を追うこと

情報の価値は分かりやすさだけではない。

新聞報道は怪しい。プレスリリースが粗悪だとすべてが酷くなる。

原著、一次情報に立ち返ろう。医薬品の専門家として無料の情報では限界がある。

有料の文献情報から真実を得る良い師を求めてください。そして自分も師になりましょう。

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ホスト県鹿児島の皆様のおもてなしの心で、充実した2日間を過ごせました。1年で1回この時だけ会える友人もいます。安否確認というか近況報告会的な意味合いもありますが、良く遊び良く学ぶことがこの会では重要と思います。日常業務からちょっと離れた非日常空間にて束の間の休息と、薬剤師としてのモチベーションを上げてもらえるような多くの出会いに感謝しながら、皆さんと来年名古屋での再会を誓い合いました。

薬局・薬剤師が批判にさらされている現状ではありますが、私がお会いした皆さんからはそんな不安とかは無縁の世界という印象を覚えます。それは直面している課題や困難に真摯に対応しているオーラのようなものを感じるからです。

第一線で活躍している皆さんとちょっとした知り合いであるというだけで、私もこのような場でコラムを書かせていただいていると思っています。何も成し遂げているわけではない普通の薬剤師の独り言ですが、よろしければ今後ともお付き合いください。

熊谷信氏 山本雄一郎氏 原﨑大作氏 豊見敦氏 青島周一氏

水八寿裕
ふくろうメディカル代表
薬剤師
東京理科大学薬学部
臨床准教授
プロフィール
1968年福島県郡山市生まれ。
高校卒業後家庭の事情等で医学部を目指すも学力不足により進学を断念。2浪の末1990年東京理科大学薬学部に入学。4年次に就活を試みるもバブル崩壊の影響で就活をストップし大学院へ進学(研究室に居残りという表現が正しい)。
なんとなく有機科学の薬学研究科修士修了。バブル崩壊の影響は2年後も続いており、渋い有機化学(当時はバイオ系が流行)専攻では製薬会社研究所の就職口が見つからずMRで就活すると一発で内定。武田薬品工業(株)にて10年MRとして勤務 その後薬剤師(薬局・大学病院・診療所)人材会社を経て現職。
*ふくろうメディカル:個人事業で医療関連の著作・研修資料作成などを行っています。