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ケアとしての言葉の力

2014年10月23日

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在宅ホスピスをやってみて驚いたことは本当にたくさんあります。特に病院の看護師から訪問看護に転職したときは、それまでに本で読んだり勉強したりして学べるようなこととは全く違った価値観を教えてくれました。

病院で患者さんが亡くなったことを家族に報告する際には、「残念ながら・・・お亡くなりになりました。」と表現します。病院というのは主に治療をする場所であるため、人が亡くなるというのはやはり『残念なこと』になります。ところが在宅ホスピスの現場ではご家族に報告する際に、「(患者さんにもご家族にも)お疲れ様でした・・・お亡くなりになりました。」と表現します。
これがどのようなことを象徴するのでしょうか。両者において人が最期を迎えるという事実に違いはありません。ただ後者の在宅ホスピスの場においては、患者さんが大切な時間を立派に生き抜いたこと、そしてご家族が悲しみの中でもそれを支えたことに対して、もう十分がんばりましたねという事実を伝えるためにも『お疲れ様でした』という一言で表現されるのです。この言葉は私にホスピスが、どういう意味かを最初に教えてくれた言葉だったと思います。

また別の場面では、言葉の力を知ることになりました。私は病院で勤務していたときと同じように、訪問看護でも「・・・(という状況)ですから、そろそろお別れが近いです。」と家族に状況をきちんと伝えているつもりでした。ご家族も頭では十分理解していたはずですが、その後も看護師への電話連絡が絶えません。しかし、先輩看護師が訪問看護に行った後からは家族はとても落ち着いて最期まで看ることができたのです。
何を伝えたのか後から先輩看護師に聞くと、「・・・(という状況)ですが、苦しんでないから家族だけで看ていても大丈夫ですよ。」という一言だったのです。恐らく家族はお別れが近い事実を知らされて、むしろ不安になったのでしょう。そして、その不安な状況にどう対処するべきかを知って安心したのでした。看護師の一言で不安にさせ、一言で安心させる言葉の重みをつくづく感じました。

それから私はこれまでの言葉遣いを少しずつ考え直すようになりました。するとこれまで失礼がないように気を付けていた会話ですら相手を不安にさせる言葉が随所にあることに気づきました。
例えば看護師から「苦しくありませんか」「痛みはありませんか」と毎朝聞くことが、「きっとあなたは苦しむはずだ」ということを伝えているに等しいということもそうです。そこで「今日の調子はどうですか」などの言葉で聞くか、あるいは聞かなくても姿勢や表情、話し方の変化などに、より注意を払うようになりました。
またある患者さんをみていた妻が「こんなに痩せちゃって・・・」と嘆いていました。看護師が「それでも、こんな大きな声で笑えるんですよ。すごいですね。」と話すと、患者さんも妻もまた大笑いしたのでした。それまでであれば、栄養剤のことや、そのメリット・デメリットの話を行っていたかもしれませんが、そんな情報提供は、妻のつらい気持ちに何も響かないと思うようになりました。例え昨日できていたことができなくなっても、お別れの日が近づいていても、きちんと体の苦痛が緩和されていれば自宅で落ち着いて過ごす力を患者さん・家族が持っているのです。

どうやら私は言葉を伝達の手段として認識し、正確にわかりやすく伝わるようにすることだけを重視していたようです。さらに、失礼がないように敬語や表現方法などを注意してはいましたが、一つ一つの言葉にケアする力があることを全く認識していませんでした。もちろん、他のケアを行わずに言葉だけの力に頼り過ぎると「口から出任せ」になってしまう危険性もありますし、そのとき何を話せば良いかなど正解やマニュアルがないあいまいな方法でもあります。
しかし、ホスピスケアは目に見える高さより、目に見えない深さのあるケア領域です。私自身がたびたび落ち込んだときにも救ってくれた言葉があるのを思い出すにつれ、やはり言葉にはケアする力があるという認識が深まるのを日々感じています。

賢見 卓也
看護師
プロフィール
兵庫県立看護大学卒業。日本大学大学院グローバルビジネス研究科卒業。看護師。MBA。 訪問看護パリアン 在宅ホスピス看護師。株式会社トロップス 代表取締役。NPO法人がんと暮らしを考える会 理事長。

医療法人社団パリアン http://www.pallium.co.jp/
株式会社トロップス http://www.troppus.co.jp/
NPO法人がんと暮らしを考える会 http://www.gankura.org/