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ただあるべきは「尊厳のある生き方」

2014年4月10日

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厚生労働省「第4回終末期医療に関する意識調査等検討会」から先月リリースされた報告書「人生の最終段階における医療に関する意識調査」を読んでみた。

(参考)第4回終末期医療に関する意識調査等検討会

全体的に興味深い内容だったが、なかでも最大のポイントは報告書のタイトルが示すように「終末期医療」という言葉が「人生の最終段階における医療」に変わった、ということではないだろうか。

「終末期」という言葉は、避けられない死がすぐそこにある、というネガティブなイメージがある。それがたとえ自分のものであっても、愛する家族のものであっても、できれば直視したくない、病院に丸投げしてしまいたい、そう思うかもしれない。
一方、「人生の最終段階」という言葉は「人生の集大成」「人生を完成させる」というポジティブなイメージを感じる。死は確かに遠くない場所にあるが、「死が近づく」のではなく、「今をしっかり生きる」ことを意識できるし、その結果としての死がある、と捉えることができる。

つまり「終末期」における医療の役割は、人生の最終段階をその人らしく生きるために支援すること、と解釈することもできる。その中にはもちろん病気の治療も含まれるが、その目的はあくまで人生の充実であるべきだ。緩和ケアなどもそういう方向で考えると、これまでとは違う関わり方が見えてくる。

 

報告書を読んで気になったところを箇条書きにしてみる。

 

1)人生の最終段階の治療方針について、意思表示の書面を作ることには7~8割が賛成、ただ家族と話し合ったことがある人は半数に満たず、実際に作っている人は3%程度。

2)書面を作ったとしても、実際の治療方針は家族や医療チームと相談して決めてほしい、という方が6割前後。

3)書面に法的拘束力を持たせることには、一般市民の5割、医師の7割が賛成していない。

人生の最終段階の治療への思いはその時々の状況で変化するし、
個々の経験や知識によっても左右される。

 

一般市民の過半が「尊厳死」の法制化には必ずしも賛成しているわけではないことがわかるし、この法律で保護されるはずの医師の多くも同様に感じているということだ。書面を一枚作っておくというよりも、やはり随時話し合いをしながら決めていくこと、すなわちインフォームドコンセントが望ましいということなのだろう。まあ当たり前の感覚だと思う。

具体的な治療の内容について見てみると、

 

・食事が食べられなくなったら「点滴」を求める人が過半数
(その割合は医師もほぼ同じ)

・経管栄養を求める人もいるが、経鼻経管栄養のほうが人気がある

・多くの一般市民が「終末期医療の決定プロセスに関するガイドライン」を知らない(医師もなんと30%が知らない!)

そもそも議論のベースラインにすら到達していないのではないか?
という印象を受けた。

 

医師でさえ半数が食べられなくなったら点滴を希望するなんて本当なのか?と感じたが、世の中の「点滴神話」はここまで浸透しているのか…と驚きを禁じ得ない。患者さんへの病状経過の説明はもちろんだが、医療者側の勉強が足りないし、足りないゆえに患者さんに適切な情報提供ができていない、というのが日本の終末期医療の現実なのだろう。

終末期を法で規定する前にやることはもっとある、と改めて感じた。
「尊厳死する」ことを目的とする社会ではなく、
「死ぬまで尊厳ある生き方ができる」社会を作りたい。

photo by Garry Knight

佐々木淳
医療法人社団 悠翔会 理事長・診療部長
プロフィール
筑波大学医学専門学群、東京大学大学院博士課程卒業。三井記念病院、医療法人社団 哲仁会 井口病院副院長等を経て、24時間対応の在宅総合診療を提供する医療法人社団 悠翔会を設立。