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診療報酬改定に思う:帝王切開の報酬切下げがもたらしうるもの

2014年3月7日

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先月答申があった診療報酬改定ですが、出産をあつかう産科領域でも大きな変更がありました。帝王切開術の診療報酬の切下げです。総じて約10% – 12%の切下げとなっています。この答申を受け、産科撤退が相次ぐ中、今なお頑張っている人たちのなかでも戸惑いが広がっています。

この背景は「医療費削減」の視点からだけ見れば分からなくもありません。もともと出産の中で帝王切開術となる割合は、20年前までは5%前後でした。それが、2011年の統計では、総出産数104万人のうち19.2%にあたる約20万人が帝王切開による出産と推定されていて、出産数自体は減少しているにもかかわらず、帝王切開による出産は過去20年間で約2倍に増えています。確かに、財政の面、バランスシートの観点から言えば、このように増大している大口出費は抑えたくなるというものでしょう。

しかし現場から見れば、そんな観点で医療行為を評価されるのは納得できません。
そもそも、なぜ増えているのかの検証がきちんとなされているとは思えません。確かに私たちが若い頃は、いかに下から(経膣的に)出産させるかが医師の腕の見せ所でしたが(なぜなら一度帝王切開術を受けてしまうと、次の出産も予定で帝王切開術になってしまいます。それは、子宮に傷がついていると子宮破裂などのリスクがでてくるからです)、いまは高齢出産などの「ハイリスク出産」が増え続けているため、それに比例して最初から帝王切開せざるを得ないケースが出ているだけなのです。そして、既往帝王切開術の方は、リスクを避けるため次の妊娠時には予定帝王切開となっています。子宮筋腫の手術後の方や逆子(骨盤位)も、同じ理由ですべて帝王切開によって出産が行われています。産まれてくる子どもや母体の安全を最優先に考え、帝王切開となるケースがここまで増大してきたのです。

帝王切開術は、それに関わる人的資源(看護師・助産師や産婦人科医、麻酔医、小児科医など)も多くなりますし、手術前後に関わる物的資源(薬剤や点滴資材、モニター類などの機器)も多くなります。術後のケアも入院期間の延長も含め格段に手間が増します。現場のオペレーションは大変ですが、安全な出産のために、医学的に必要であるからこそ選択されているのです。

すなわち本質的なことを言えば、ハイリスク出産が増える状況を変えない限り、帝王切開の数は減るどころか、増える一方なわけです。

大変だから、手間がかかるから優遇してほしいという話ではもちろんありません。ただ、お役所が単純に診療報酬を下げれば帝王切開術の数も下がるだろうと考えているとしたら、絶対に欠くことができない医療行為の報酬を下げてしまう結果になってしまいます。その結果、悲しいことですが、その医療行為を自院が行うこと自体のリスクを先に考えてしまい、「手間ひまはかかるのにコストの取れない帝王切開術」は、個人の医療機関では扱われずに、どんどん総合病院など3次医療機関に紹介されてしまう可能性もでてくるのです。つまり、他院への紹介という「たらい回し」の恐れです。

そもそも地域の基幹病院は帝王切開以上のリスクを抱えたハイリスクな妊婦さんや重症な患者さんのためにあるわけです。予定帝王切開術のケースまで紹介転院が増えれば、ベッドがどんどん埋まって本当に入院が必要な方々を受け入れることができなくなり、ますます出産難民が増えていくことが予想されます。

政府自身が提唱している少子化克服のためにも、安全な産科医療の再構築は国是にしてもいいほどのテーマであるはずです。コストカットと医療リソースの最適化は相反するものではなく、困難ですが両立できうることを、臨床現場にいる私たちと、政策立案の立場にいる方々双方が意識を共有しなければならないと思います。毎年変わる一方的なその時のご都合主義の政策のおかげで矢面に立たされるのは現場であり、そして、その不利益を被るのは妊婦さんと胎児なのです。母親と生まれ来る子どもの安全を安心して保証できないような国に豊かな未来はあるのでしょうか?

この帝王切開の報酬切下げという問題は、医療全体からみればほんの小さな問題にすぎないかもしれません。しかし、こうした小さな一つ一つの積み重ねが、将来の、未来の日本の医療を発展にも、崩壊にも導くのではないかと、今、強く危機感を感じています。

 

photo by wideeyedwonders

宗田 聡
産婦人科医
プロフィール
茨城県出身。医師、医学博士。専門は、産婦人科医(周産期医療、出生前診断、胎児医学、遺伝医学、メンタルヘルス、医療倫理、プライマリケア、医療IT、女性医学)。日本産科婦人科学会認定医・指導医、臨床遺伝学認定医・指導医、認定産業医・スポーツ医、アメリカ人類遺伝学会(ACMG)上級会員(Fellow)
 母校の大学病院で講師として臨床医療・教育・研究に関わり、留学後に幅広い医療、特に女性の心とカラダの健康を総合的にサポートする医療を理想として、地域周産期センター長を歴任後、都内で都市型かかりつけ医のクリニックを開業。
 日英論文多数、専門書(翻訳)執筆にも定評があり、一般誌でも「Anecan」など様々な雑誌で女性の健康に関する記事を多数執筆。著書には、「産後ママの心と体をケアする本」「産後うつ病ガイドブック」「ニューイングランド周産期マニュアル第二版」など。

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