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仕事の「勘」

2013年6月21日

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〜「育休3年」について女性外科医として思うこと〜

心臓外科の手術 — 動いている心臓を止めて手術をし、そして心臓が再び動き出す…。
よくTVや映画でネタになるように、非常にドラマティックではありますが、高度な技術や経験を要する非常にリスクの高い手術です。それだけに日々のくり返し、積み重ねによる「勘」が重要です。全ての手順には流れがあり、手順が一つでも抜ければ手術はうまくいきません。私自身まだまだ修行中ですが、何度も何度も手術を見て、学んで、覚えて、反射的に身体が動くというというレベルまで達しなければなりません。

そういう反射的に身体が動くような仕事の「勘」は、心臓外科医だけでなく「医師」という専門職のあらゆる分野で同じだと思います。薬のさじ加減、カテーテル治療、点滴や中心静脈ライン、内視鏡などの検査、外来での患者さんへの説明…日々の積み重ねで身につくものだと思います。

2013年4月の安倍首相の「成長戦略スピーチ」の中で、女性の活躍を成長戦略の中核として「育休3年」が掲げられました。様々な意見があるようですし、他の業種については分かりませんが、医師という専門職として、外科医として、正直「長過ぎる」と思いました。

医師の仕事は常に患者さんの「命」に関わることであり、3年も休んでしまうとあらゆる仕事の「勘」が鈍ってしまい、不安で復帰しづらくなるのではないかと思います。私自身、完全に休んでいる期間は短かったですが、両立するために仕事をセーブしていたために勘が鈍っている自覚があり、それを取り戻す時に「怖い」という気持ちもありました。
わかりやすく喩えるならば、3年休んで仕事に復帰するのは、3年全く車を運転していなくて、いきなり高速道路を運転しなければならないような感覚でしょうか。

しかし、ただ単純に「育休は短かくていい!」ということを主張するつもりはありません。

まず「育児論」は人それぞれで、それを他人が押しつけることはできないと思います。どんな子育てをしたらどうなる!という、医学的に言うと「育児の長期遠隔期の結果」はあまりにもファクターが多すぎて分からないことだらけですし、子育てに「正論」はないとは思いますが、食事、しつけ、教育など…本当に人によって様々です。「3歳までは家で育てたい」「食事は必ず一緒にしたい」「夜は一緒に寝たい」という人もいれば、「夜も預けて仕事をしたい(しなければならない)」という人もいます。
また同じ「育児中」でも、ご主人や祖父母が育児のバックアップをしてくれる人もいれば、ご主人も非常に多忙な医師だったり、全く縁のない土地で周りにバックアップしてくれる人がいない人など、それぞれのバックグラウンドも非常に多様です。

育休をどれだけ取るのか、育児と仕事の両立をどうするのかは、その人それぞれの育児論やバックグラウンドがあるので、その多様性に対応できるような「多様な勤務形態」が必要ではないかと思います。企業で多く導入されている「短時間勤務制度」は私の働く東京女子医大でも導入されており、働く時間が短い分、勤務時間によって基本給を減らして(例えば32時間勤務なら基本給の80%など)不公平感がないようになっています。

また、医師として仕事を続けたいが、バリバリ仕事をすることができない状況の人は、育児中の女性医師だけではありません。自分自身が病気に苦しんでいる人、家族が病気に苦しんでいる人、家族の介護をしている人、不妊治療を頑張っている人…今は仕事をバリバリにやっていても、いつそんなライフイベントが自分に起こるかは分かりません。多様な勤務形態は、男性医師にも適用されなければならないと思います(東京女子医大では男性医師にも適用されています)。

私たち医師も、医師である前に生活者であり労働者です。そういう意味で、家族を大切に想い、困っている人のことを思いやる余裕を持てる環境にいることも、国民の皆さまによりよい医療を提供するための大きな要素とも言えます。 将来の日本の医療がよりよいものになるために、女性医師だけでなく(重要!)、男性医師、医療者全体の職場環境や待遇の改善を今後も進めてなければならないですし、少しずつ自分の周りのできることから取り組んでいきたいと考えています。

立石実
東京女子医科大学 心臓血管外科
プロフィール
熊本大学医学部卒業。同年東京女子医科大学日本心臓血圧研究所心臓血管外科入局。中野佼成病院、聖隷浜松病院、富山県立中央病院、京都府立医科大学に出向。2009年~現職。専門医資格:心臓血管外科専門医、外科専門医、循環器専門医
著書
こどもの心臓病と手術