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『医の心』

2013年3月8日

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私が働いている、東京女子医科大学の心臓血管外科(元「日本心臓血圧研究所 外科」)は、1949年に榊原仟(しげる)先生が当院の教授として来られ、1951年に本邦第1例目の動脈管開存症の手術に成功して以来、現在までに35,000例以上の心臓手術を行ってきています。

その榊原仟先生の随筆集『医の心』は、1972年(つまり私が産まれる前!)に初刊され既に絶版ですが、「人間の生命と医師の生命」「人間の幸せとは何か」「医師をどう育てたらよいか」など何度読み返しても、学ぶべきことばかりの本です。また、心臓移植の問題、医師不足問題、医療機器の未来像、そして医療のクラウド化までを予見するような内容が書かれており、偉大な人には驚くべき先見の明があるんだなぁと感じます。

心臓の中を手術するためには、心臓が動いたまま、血液が満たされたままでは手術ができないため、「人工心肺」という心臓と肺の代わりをする器械を使うことが必須です。世界で初めて人工心肺を使った心臓手術に成功したのは1956年1月のLilleheiの報告が最初ですが、榊原先生は1956年の3月には左心バイパス体外循環で大動脈弁狭窄症の手術を、4月には人工心肺を使って僧帽弁閉鎖不全の手術を成功させておられるので、榊原先生の行っていたことが、いかに当時の世界最先端であったか、ということが分かると思います。

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(榊原仟 『医の心』 より抜粋)

- 若い医師へ贈る言葉 -

医師の務めは病気をなおすことにあることはいうまでもない。だから、その技術を取得すべきで、そのために諸君は過去何年にもわたって勉強してきたし、今後も 勉強し続けるわけだ。だが、病気をなおすという技術を得たというだけでは、まだ臨床医としては不足で、別の意味での修練も必要だと思う。そこで、医師はどうあるべきかについて話してみよう。

(中略)

医師に対しては常に高潔な人格が要求される。それには理由がある。病気はその人にとって最も弱い状態にある。どれほど社会的地位が高く、権力の座にいる人でも、病気の時には市井の人と同じにいる。私達医師はそういう弱い立場にいる人を相手にするのだから、その立場を利用して利益を追求するといった無法なことをしようと思えばできる。それに医師は患者の秘密を知っているからこれも利用しようと思えばできる。それなのに病人が医師に安心して身をまかせるのは、医師が絶対に秘密を洩らしたり、立場を利用して悪事を働いたりしないと信じているからである。

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上記は先生の著作からの抜粋ですが、当時の世界最先端を走り、日本の心臓外科の権威でおられながら、その文章からひしひしと感じられるのはとても「謙虚」なお人柄です。世界最先端の治療を行うということは、非常にリスクの高い治療に挑戦するということでもあります。今とは比べものにならないほどの、高いリスクをともなう手術に挑戦して、想像できないほどのの苦難を乗り越えられてきたことと思います。「新しいことへの挑戦」は一つ間違えば人の命を軽視するような行為になることも考えられますが、謙虚であること、そして高い医の倫理観を持つことによって、挑戦的なことでも周囲の理解を得て、苦難を乗り越えて来られたのではないかと思います。

人類の長い歴史において、心臓の手術が初めて可能になったのがたった60年ほど前のことであることを考えると、この60年間で劇的に手術技術が進歩して、手術成績は向上しました。しかし、重症な心不全の人の治療(心臓移植や補助人工心臓)や、死亡率の高い手術など、まだまだ進歩していかなければいけないことはたくさんあります。そのために「新しいことへの挑戦」はこれからも必須ではありますが、「医の倫理観」や「謙虚さ」を忘れずに進んでいかなければならないことを、榊原先生はこの本で教えてくれていると思います。

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(榊原仟 『医の心』 より抜粋)

さて、病気をなおすのが医師の仕事であるといわれているが、単に病気がなくなったというだけでは人間は健康だとは言えない。WHO(世界保健機構)でも定義しているように、健康とは単に病気や欠陥がないだけでなく、肉体的にも精神的にも、さらに社会的にも良好な状態にあることである。意欲にあふれ、張り切って、社会生活に順応し、活動できる状態が健康である。だから、人間を健康にするのが医師の役目であるとすれば、しなければならない仕事の範囲は広い。医師はただ病気をなおす職人であってはならないし、幅広い人格をもって患者に接し、その健康を守り、本人を幸せにするように務めなければならない。私達はこの職業にたいして誇りを持つと共に重い責任を感じるのだ。

病気は正常な状態からの逸脱ではあるが、それだけでは病気とはいえない。肉体的、精神的な苦悩を伴うか、あるいは生命の危機を内蔵するような場合に、それが病気といえる状態になる。

だから、医師は病気をなおしただけで悩みを残せば、その病人はまだ治癒したとはいえない。病気はなおったといわれるけれども、ほんとうになおったのだろうか。再発するようなことはないのだろうか。こうした心配を持っていると、精神的に痛みが起こったり、そのほかいろいろな症状が出てくる。よくなったといわれるが、まだ腹が痛い、手足がしびれる、息が切れるなどと限りなく訴えが現れ、その症状は悪くなっていくのだ。そうなれば、たとい病気そのものはなおっても、患者はよくなっていないので、悩みは続く。こうした訴えが精神的なものであって肉体的なものではない時には、医師の一言でなおってしまうことが多い。重いものでも何回かの説得で消え失せる。しかし反対に医師の不要な一言がこうした訴えを起こして患者を苦しめることもあるので、注意しなければならない。

昔から名医といわれる人は患者のこうした訴えも共になおすことができるが、凡医はかえって患者の悩みをふやすのである。「小医は病を癒せず、中医は病を癒して人を治せず、大医は病を癒し、人を治す」という言葉があるのは、このへんの事実を述べているのだ。従って医学の修練にはげむと共に人格の陶治(とうや)につとめて、患者から信頼されるような者にならなければならない。

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私の専門である先天性心疾患は、おもに小さい頃に手術を行います。少し前までは、命を助けることだけでも大変なことでしたが、今は手術成績が格段によくなって、心臓に病気をもって生まれても、ほとんどの子供たちが助かるようになりました。しかし、手術が成功して命が助かっても、その子供たちが、社会に適応し、社会に貢献できるような大人になれないことがあったり、「心臓の手術をしているから」という理由で不自由を強いられることがあったり、と患者さんが「よりよく生きられる」社会になるためには、まだ解決すべき問題がたくさんあります。

「小医は病を癒せず、中医は病を癒して人を治せず、大医は病を癒し、人を治す」という言葉のとおり「人を治す」ためには、よりよく生きられる環境を整えることも必要ではないかと思います。最近、小児循環器学会では、病気が治ればそれよし、ではなく、どうすれば患者さんがよりよく生きられる社会になるのか?という、全人的医療への取り組みが話題になることが多くなりました(2013年は当院の循環器小児科が主催で行われます http://square.umin.ac.jp/jspccs49/)。私もこのようなことにも取り組んでいけたらと思っています。

榊原仟先生の銅像は、今も病棟の1階に置かれています。また、医局の前には写真も飾られており、本当に謙虚な笑顔でいつも見つめていらっしゃいます。銅像や写真の前を通り過ぎるたびに、気を引き締め、謙虚さを忘れず、榊原先生の遺志をほんの少しでも引き継いでいきたい、そして今だけでなく10年、20年後の医療の未来予想図を自分なりに描きながら、医学の進歩に携わっていけたらと思っています。

立石実
東京女子医科大学 心臓血管外科
プロフィール
熊本大学医学部卒業。同年東京女子医科大学日本心臓血圧研究所心臓血管外科入局。中野佼成病院、聖隷浜松病院、富山県立中央病院、京都府立医科大学に出向。2009年~現職。専門医資格:心臓血管外科専門医、外科専門医、循環器専門医
著書
こどもの心臓病と手術