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着床前全染色体診断について思うこと

2012年8月23日

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少し前に「受精卵着床前の全染色体診断」の記事が新聞の一面となり、その是否について話題になりました。この記事が新聞の一面になるということは、この問題に関する是否が、今、議論されるべきだということなのでしょう。

このニュースに関して、皆様はどのように感じたでしょうか?

不妊治療で辛い思いをされている方々、流産で心も体も傷ついた方々の大変さを、真に慮ることはできませんが、あくまで私の立場から、非常に難しい問題ではありますが、 このことに関して私の思いを述べさせてもらえればと思います。

私は先天性心疾患、つまり生まれつき心臓の病気がある子供を治療することを専門としています。言葉悪く言うと、私は日々「障がい児」を助ける仕事をしているわけです。でも、私は先天性心疾患の子供たちを助ける意義について悩んだ末に、強い決意をもって、専門にすることを決心しました。

—— 少し話は逸れますが、「受精卵着床前の全染色体診断」の是非について、人間の歴史の中でどのような位置づけになるか?と考える時に「優生学」の歴史を振り返らなければならないと思います。その説明についてはwikipediaの「優生学」(この内容についての賛否もあるとは思いますが)をご参照ください(http://ja.wikipedia.org/wiki/優生学)。———

先天性心疾患の手術は、ここ50年ぐらいで急速に進歩しており、ひとむかし前までは助からなかった子供たちが、手術を乗り越えて成長していくようになりました。それは、病気に関わってきた医師たちが、なんとか助けようと必死でたたかってきたおかげです。

がんであろうと、不治の病と言われる病気であろうと、お年寄りの病気であろうと、こどもの病気であろうと、必ずどこかにその病気をなんとかしたいと思う医師がたたかっていることによって、医学の進歩があると思います。そして、ある病気の原因の究明や治療法が、他の病気に役立つということもよくあります。誰かが病気によって困っているならば「治療をする必要がない」という病気はないはずです。

私は先天性心疾患の手術に魅了され、先天性心疾患の子供たちが、もっとよりよく生きられる手術や治療に携われればと思いながら仕事をしています。「誰かがやらなければならない仕事」なら、その仕事を「面白い!もっとよくしたい!」と思った私がやってもいいのでは?というのが、まずこれを専門に選んだ理由の一つです。

 

もう一つ、選んだ理由があります。

 

ダウン症(21トリソミー)は先天性心疾患を合併することがよくあり、治療にたずさわることが多いです。ご両親やご本人の大変さは計り知れませんが、ステキな笑顔を振りまいてくれるカワイイ子供たちがたくさんいます。ちょっと前にも私のことを「たて!たて!」とちゃんと覚えてくれていたKちゃん。ホントにうれしかったぁ。

最近では、NHK大河ドラマ「平清盛」の題字を書いた金澤翔子さんや、TBSのドラマ「生まれる。」に出演した高井萌生くんなど、ダウン症の人の活躍が表にでるようになりました(高井萌生くんの演技には号泣してしまいました)。

ダウン症は染色体異常なので「全染色体診断」によって「異常」と診断される中に含まれます。「全染色体診断」のニュースに関して、私は正直とても悲しく思いました。

話は少し変わりますが、例えば、もし将来、自分が歩けなくなったり、目が見えなくなったりしたとして、バリアフリーの取り組みや、視覚障害者用誘導ブロックがなければ、どんな生活を送らなければならなくなるでしょうか。生まれつき障がいを持っていなくても、不慮の事故や、年をとってから病気になったりして手足が不自由になったりすることは十分にあります。障がいのある人、病気の人がいるからこそ、様々な取り組みがされて、自分が障がいをもったり病気になったりした時に助けてもらえる。障がいのある人、病気の人がどんな援助が必要なのかを教えてくれている、と私は思います。

「生物学的多様性」という言葉がありますが、とらえ方は様々です。植物や菌類などに含まれる物質が、医薬品や化学の分野に役立つ「資源としての多様性」という意味や、生物が環境の変化に対応するためには遺伝子の多様性が必要という「遺伝学的保全」という意味など、いろいろあります。私の勝手な捉え方かも知れませんが「生物学的多様性」を社会的に捉えると、多様な人が存在することが社会の成熟のためになる、と思っています。また少し違いますが、昨今「多様性(ダイバーシティー diversity)」の考え方は、多くの企業のマネジメントにおいて推進されています。
つまり「多様性」を受けとめられる社会、「みんなちがってみんないい(※)」社会こそ豊かな社会なのではないか、という価値観の変化が現れているのではないかと思うのです。 私はそんな社会になって欲しいと心から願っていますし、医師としてその実現のために、その職分の役割として「先天性心疾患の子供を全力で助ける」という結論に達したのです。
(※)金子みすゞさんの詩「私と小鳥とすずと」から拝借いたしました。

 

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追記:障がいをもって生きるいうことが、どのようなことか思いやる「想像力」は大切ですが、なかなか難しいことです。当事者が書かれたこのような本を参考にしていただければ。

「五体不満足」乙武洋匡
言わずと知れたベストセラー。改めて読み直すと、考えさせられることがたくさんあります。

「21番目のやさしさに―ダウン症のわたしから」岩元綾
ダウン症でありながら4年制大学を卒業した方が書かれた本です。ダウン症の本人が書かれた本はあまりなく、当事者の気持ちが分かる貴重な本です。

関連ニュース:不妊治療 体外受精した受精卵を診断し着床させる方法は倫理違反か?

立石実
東京女子医科大学 心臓血管外科
プロフィール
熊本大学医学部卒業。同年東京女子医科大学日本心臓血圧研究所心臓血管外科入局。中野佼成病院、聖隷浜松病院、富山県立中央病院、京都府立医科大学に出向。2009年~現職。専門医資格:心臓血管外科専門医、外科専門医、循環器専門医
著書
こどもの心臓病と手術